マジュ・デヴァル
Maju Deval
九段の大基壇は、失われた寺の空白であり、今も人が座る広場の客席でもある。喪失と日常を同時に見る。
寺が消えても、基壇は場所をつくる
マジュ・デヴァルは17世紀末の三重屋根寺院として広場の目印だったが、2015年地震で倒壊した。高く積まれた九段の基壇は、寺の不在を輪郭として残す。昔の写真と現在を見比べると、上部が消えたことで広場の空が大きく変わったことに気づく。
基壇はかつてから休憩や待ち合わせの場所でもあり、寺院を失った後も人が座る。文化財の価値を建物の完全性だけで測らず、日々の使われ方が記憶をつなぐ点に注目したい。再建計画や現状は公的な案内で確認し、古い情報を現在形にしない。
夕景の名所で守るべき線
夕方は基壇から王宮や寺院群を見る人が増える。立入可能な段と保護区画を現地で確認し、石材の上へ飲食物をこぼさない。混雑時は段差が見えにくく、降りる時の転倒にも注意する。
トライロキヤ・モハン・ナラヤン寺院跡や八角クリシュナ寺院と続け、2015年地震で失われた建物、残った像、再建された建物を比較する。写真は「瓦礫から復活」という定型句に寄せず、まだ残る空白も広場の現在として記録する。